第70期名人位・第68期クイーン位決定戦 熱戦を振り返る(後編/クイーン位戦)

2024.01.27
作成者: 慶應かるた会 五段 早川裕章(広報部)

★1回
先行したのは山添クイーン。1枚目から攻守に3連取し、19-20の1枚リードから4連取。さらに33あしから3連取して13-18と序盤は5枚のリードを奪う。山添は去年のクイーン位決定戦までの3年間、この場で対戦した本多恭子、矢野杏奈、三笘成に1つの勝ちも許さず9連勝しているが、この試合でもいきなりそのスピード見せつけた。 
一方クイーン位初挑戦の井上は劣勢ながらもこの後、山添陣の札は確実に攻め取り反攻の機会を待つ。そして15-9と6枚のビハインドで迎えた55枚目のいまこを左で守り、続いて読まれた56かさを攻める。57はなさも攻めるが、この時山添が井上陣を払うお手つき。いわゆる「ダブル」で1枚差に迫ると60あらしを自陣右上段で素早く守って10-10に追いつき、62なにはえを得意の「左攻め」で取って9-10と逆転に成功する。
山添はすぐさま反撃し4連取で7-8と再逆転するが、井上も得意とする敵陣左への攻めを随所に交えて応戦。終盤は3枚の差が開かない接戦、息詰まるシーソーゲームとなる。山添は3-4と1枚リードで迎えた89枚目。友札のきみがためはを囲い手で攻め取り、続いて読まれた90きみがためをを右中段で守って2-3と逆転すると、次の91かくを敵陣左下段で鮮やかに攻め取り1-3と先に王手。しかし井上は1枚おいて読まれた93おほけを敵陣右下段に攻め取り、94なげきを右下段で守って、勝負を1-1の運命戦に持ち込む。持ち札は井上が「せ」、山添が「もろ」。3枚おいて横谷裕三子専任読手が読みあけたのは「せ」。井上挑戦者が確実に払って逆転勝ちで先勝。山添クイーンはクイーン位決定戦の場で初めての黒星で、クイーン位戦の連勝は9で止まった。[10時59分1回戦終了]

山添百合クイーン 1枚 〇井上菜穂六段(対戦成績 山添0勝 井上1勝)

★2回戦
「調子は悪くはないが、いつもより手がうわずっていた」(YouTube中継解説の解説・1回戦審判を務めた益満亮子元準クイーン)と評された山添クイーンに逆転負けの後遺症はあるのか?注目の2回戦。序盤は運命戦で1回戦を制した挑戦者井上が攻守に4連取して21-25とリードするが19枚目の時に自陣のにさわるお手つき。これを機に山添は自陣右側の守りなどで2連取さらに2連取して19-20と逆転に成功。しかし山添も28こひの際にこのをさわるお手つきをして勝負の流れを井上に渡してしまう。井上は攻勢を強め3枚のリードを奪うが、中盤の両者は拮抗。ともにお手つきはしたものの、井上が4連取すれば山添も4連取。両者とも相手陣の左側にキレの良い攻めを見せるなど女性日本一を決める一戦らしい展開となった。
終盤抜け出したのは山添。67ありまを自陣右で取ってから4連取し5-9とリード。76なにはえの際に井上がダブルになるこの試合3回目のお手つきを喫すれば3-10と7枚リード。その後も連取し1-9と勝利に王手をかける。しかし井上はギアをあげてここから粘りをみせる。冷静に攻守に4連取して1-5に迫ると、山添が91こぬでお手つき(ダブル)を喫し2-3と1枚差につめよる。
山添もここから踏ん張り自陣右下段ではなさを守り1-3で再び王手。対する井上も自陣でつく(1字決まり)、みかの(3字決まり)を守り1-1。勝負は1回戦に続いて運命戦に持ち込まれる。持ち札は山添が「あさぢ」、井上が「たか」。稲葉修至専任読手が読んだ98枚目あさぢを山添が守って勝ち切り対戦成績をタイとする。[12時56分2回戦終了]

〇山添百合クイーン 1枚 井上菜穂六段(対戦成績 山添1勝 井上1勝) 

3回戦
どちらが先に第68期クイーン位に王手をかけるか注目の3回戦。2回戦を運命戦で勝ち切った山添だが序盤は2度のお手つきもあり、34枚を終えて13-22と井上が9枚の大きなリード。井上は攻守に切れ味鋭い取りがさえわたる。しかし山添は39枚目から2連取。さらに一段ギアを上げて5連取して65枚時点で8-9と1枚差に迫る。
追い上げられた井上だが、慌てない。攻守に3連取して5-9とすると71あしで山添がお手つき。次のこれを自陣右下段でキープし3-10と引き離す。井上は77あけを得意の「左攻め」して1-7と王手をかけるが、ここから山添は2回戦の井上並みの粘りをみせる。自陣の左右で6連取して勝負は3試合連続の運命戦に。持ち札は井上が「あきか」、山添が「はなの」。94枚目、広本幸紀専任読手が読んだのは「あきか」。井上挑戦者が確かに守って2勝目。初のクイーン位獲得にあと1勝とした。[14時59分 3回戦終了]

●山添百合クイーン 1枚 〇井上菜穂六段(対戦成績 山添1勝 井上2勝)

★4回戦
勝てば初のクイーン位を手にする井上。クイーン位防衛に後がなくなった山添…運命の4回戦の序盤は両者ともお手つきがない取り合いとなる。しかし、「低い山添クイーンの下を行く低く正確な攻め」(YouTube中継解説の楠木早紀永世クイーン)を随所に見せる井上が序盤33枚を終えて14-19と5枚のリードを奪う。中盤はこれ以上リードを広げられまいと懸命に取る山添と冷静淡々と自分のかるたを続ける井上との「秘めた闘志のぶつかり合い」(楠木永世クイーン)が互角の取り合いで59枚を読んで5-12と井上の7枚リード。劣勢の山添だが、自陣中央上段のかくを拾い気味に守ってから追い上げに入り、守りを中心に5連取し5-7と接戦に持ち込む。山添は4-6から78ながかを敵陣左に攻め、次の79きみがためをを「送り一発」で敵陣右下段に決めついに4-4と追いつく。しかし井上は「どっしりと構えて」得意の敵陣左に81しら、敵陣右に83やえを攻めて2-4とリード。井上は84わがいは山添に攻め取られるが、86あらしを敵陣左にきれいに抜いて1-3と王手。89ゆうは山添に守られたが、井上は横谷専任読手が続いて読んだ90みよを守って2枚差で勝利。クイーン位決定戦初出場でクイーン位を獲得した。
井上菜穂新クイーンは2000年生まれの「ミレニアム・クイーン」。所属する大学かるた会の名門・早稲田大学かるた会からは初めてクイーンが誕生し、早稲田大学かるた会は名人・クイーンの双方を輩出した8つめの会(参考を参照)となった。

井上菜穂第68期クイーン「すごくうれしい。1回戦から接戦だったので勝ち切ることができて安心している。回を重ねるごとに調子が上がっていった。思ったより落ち着いてできた。きれいなかるたをめざしてこれからも頑張っていきたい。」

(4回戦直後)
西郷直樹審判長(永世名人)「2人の試合をみていて感動した。緊張感もあり、素晴らしかった。井上新クイーンは挑戦者決定戦とは別人のようにいい取りができていたのではないか。堂々とした取り、手が低くきれいな取り。劣勢でも慌てない。最後まであきらめない。どれをとっても100点満点だったのではないか。山添さんは、私が見る限りきょうは今までで一番調子が悪かった。その中でもとてもいい取りをみせてくれた。もがきながら戦っている姿は素晴らしかったしそれは見ている人に伝わったと思う。また切磋琢磨してこの場に返り咲いてほしい。」(閉会式の講評) 

小倉百人一首競技かるた第70期名人位決定戦、第68期クイーン位決定戦の模様はYouTubeにアーカイブされています。ぜひ熱戦をお楽しみください。

参考:名人・クイーンの両方を輩出した会(2人揃った時期が早い順に) 白妙会(東京)、仙台鵲会(宮城)、金沢高砂会(石川)、慶應かるた会(東京)、大阪暁会(大阪)、東京東会(東京)、福井渚会(福井)、早稲田大学かるた会(東京)