春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天の香具山 春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天の香具山
現代語訳
春が過ぎ夏がやって来たらしい。夏になると白い衣を干すという天の香具山に真っ白な衣が干してあるよ。
所載歌集
新古今集 夏 175

本文の変化が受け入れられるとき

かつての藤原京、現在の奈良県橿原市に並ぶ大和三山のうち最も東にあるのが香具山。万葉集では舒明(じょめい)天皇がとりわけ神々(こうごう)しい山とうたい国見をした地であり、その皇子で作者の父でもある1天智天皇が他の二山、畝火山と耳成山との恋争いをうたった地でもある。古くより神が降った地と伝わり「天の」を冠する。万葉集では「春過而夏来良之白妙能衣乾有天之香来山」と表記する。平安時代になると二、四句は「夏ぞ来にける」や「衣干したる」など微妙に言い方の変わった形で伝わる。

この歌の出典は新古今集。これより先、77崇徳院が主催した「久安百首」には「いつしかと衣干すめりかげろふの夏来にけらし天のかご山(いつの間にか衣を干しているようだ。かげろうの立つ夏がやって来たらしい、天の香具山に)」があり、新古今集完成の数年前に催された「千五百番歌合」には91藤原良経の「雲晴るる雪の光や白妙の衣干すてふ天の香具山(雲の晴れた雪の光はあの天の香具山の真っ白な衣なのだろうか)」がある。百人一首の言いかたが広く受け入れられていたことを示す。これらの本歌として大事にされていたのであろう。

夏のはじめの歌には、過ぎ去った春を惜しんだり郭公(ほととぎす)の鳴き声を待ち望んだりするものが多い。このように風景に託しておおらかに歌い上げたものは珍しい。

〈暁星高等学校教諭 青木太朗〉

一覧に戻る
一覧に戻る