有馬山猪名の笹原風吹けばいでそよ人を忘れやはする 有馬山猪名の笹原風吹けばいでそよ人を忘れやはする
現代語訳
有馬山から猪名の笹原にかけて風が吹いたのでそよそよと音がする、さあ、それよ、あなたのことをどうして私が忘れるのですか。
所載歌集
後拾遺集 恋二 709

ここにもその影が

出典となった第四勅撰集『後拾遺和歌集』の詞書には「途絶えがちとなった男が『あなたの気持ちが気になりまして』と言ったので詠んだ」とある。なんとも身勝手なセリフだ。彼女もまた母・57紫式部の仕えた彰子のもとに出仕していた。この時代、気のきいた女房は直接思いをぶつけるようなことはしない。この歌の前半、風が吹き抜けると一面の笹の葉がこすれ合って「そよ」と音を立てるがそこに人の姿はない、何ともさびしい光景が想起される。そして「そよ」を、「それよ、気になっているのは私の方よ」と読み換え、相手を非難することなく自分の思いだけを伝える。前半の寒々とした光景がアクセントとなって、男のいい加減さと、それに振り回されつつもけなげに待ち続ける、ぶれることのない女の心情が浮き彫りになる。

後拾遺集の詞書、原文は「かれがれなる・・・・・・男の、おぼつかなく、など言ひたるに詠める」とある。この歌集には「中納言定頼の、かれがれに・・・・・なり侍りけるに、菊の花にさしてつかはしける」という詞書を持ち、私は心変わりしていません、とうたう同じ作者の歌もある。

64定頼は彼女とも恋愛関係にあったのだ。ここにも、いちずに男を想い続ける大弐三位の性格が見える。すると、この歌にも定頼の面影が浮かんでくる。

〈暁星高等学校教諭 青木太朗〉

一覧に戻る
一覧に戻る