忘らるる身をば思はずちかひてし人の命の惜しくもあるかな 忘らるる身をば思はずちかひてし人の命の惜しくもあるかな
現代語訳
あなたに忘れられる我が身は何とも思いません。ただ、神に誓ったあなたの命が惜しくてならないのです。
所載歌集
拾遺集 恋四 870

誓いを交わすということは

「誓ふ」とは神と約束を交わす、非常に重たいことばである。約束を破ればどんな目に遭ってもいたし方ない。そういう覚悟の上で交わすものであった。このときの「誓ひ」は「あなたのことは決して忘れません」というもの。それなのに忘れられてしまった、と我が身を嘆くのが初句から二句にかけて。だが、あなたに忘れられたところで私は何とも思いません、と二句で言い切る。そんな我が身の上よりも、人=あなたのことが気がかりでなりません、というのが後半。神への誓いを破ったのだから命が奪われてもおかしくはない。その命が惜しいのです、という。出典の拾遺集・恋四では「題しらず」。契りを交わした男の足が遠のいてなお、相手の身上を心配する女のけなげな思いが伝わる。

 

ところが『大和物語』には、あなたのことは忘れませんと誓ったけれど忘れてしまった男に詠んだ歌として伝わる。こうなるとあてつけである。相手は43藤原敦忠と見るのが有力。『大和物語』にはほかにも、訪れのなくなった敦忠に向けて「忘れじと頼めし人はありと聞く言ひし言の葉いづちいにけむ(忘れませんからと私をあてにさせた人は今でも健在だと聞いています。あの時の言葉はどこに行ったのでしょうか)」と詠んだ話も残る。右近が相手の言葉を大事にした人であったことがわかる。いずれも返歌は伝わらない。

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